公開日 2024年8月5日

日銀はタカ派に転換したのか?

植田総裁はより明瞭な表現で市場関係者の思い込みを修正する必要があった。修正しなければ、円安が止まらなくなり、それが物価を押し上げるリスクが高まったからだ。次回利上げは早ければ10月になるだろう。
日銀はタカ派に転換したのか?

日銀の物価見通しに変化はなく、政策金利見通しについての植田総裁のコメントもほとんど変わっていない

日銀は、7月30~31日の金融政策決定会合で、政策金利を0.0~0.1%から0.25%に引き上げた。

大方の事前予想は、下記などの理由から、「今回は金利据え置きで、利上げは9月」だった。

  1. 個人消費など内需が盛り上がりに欠け、国内景気の勢いが弱い
  2. 物価上昇テンポ率が加速しているわけではない
  3. 今回は国債購入減額の具体的な計画が発表されるため、利上げが実施されれば、
    金利と量の両面からの引き締め措置となり、影響が大きすぎる

このため、今回の利上げは、リスクシナリオとして意識されていたものの、意外感が強かったようだ。

前回6月会合時にその方針を決めた国債買い入れ減額については、現在の月6兆円程度から、四半期ごとに4,000億円ずつ減らし、2026年1~3月に月3兆円程度に半減するという具体策が決まった。

予想外の利上げに加え、国債購入減額についても、ある程度、事前予想に沿った「相応の規模」での減額がなされたことになる。金利・量の両面での引き締め措置により、日銀はタカ派に転換したと受け取られたようだ。

特に、為替市場では円高が進むなど、大きく反応した。だが、3か月に一度発表される、展望レポート(「経済・物価情勢の展望」)のなかでの日銀の物価見通しは、前回4月時とほとんど変わっていない。

今回発表された展望レポートによれば、日銀が目標とする生鮮食品を除くコア消費者物価前年比上昇率は、24年度2.5%、25年度2.1%、26年度1.9%だった。

前回4月時点の予想(24年度2.8%。25年度1.9%、26年度1.9%)に比べて、24年度が下方修正され、25年度が上方修正されたが、これは、この夏の電気・ガス代負担緩和策実施に伴う部分的な修正だ。生鮮食品、エネルギーを除くコア・コア消費者物価は24年度1.9%、25年度1.9%、26年度2.1%で、4月時予想と全く同じだった。

展望レポートの文章も、ガソリン・電気・ガス代の負担緩和策の影響に関する追加文を除けば、全く変わっていない。

日銀が重視する「基調的な物価上昇」に関する文章について言えば、「消費者物価の基調的な上昇率は、マクロ的な需給ギャップの改善に加え、賃金と物価の好循環が引き続き強まり中長期的な予想物価上昇率が上昇していくことから、徐々に高まっていくと予想され、見通し期間後半には『物価安定の目標』と概ね整合的な水準で推移すると考えられる」と書かれており、前回4月時のレポートと、一字一句変わっていない。

物価見通しが変わらないのに、金融政策だけが引き締め気味になったのかと言えば、そうではない。実際には、金融政策についての植田総裁のコメントもほとんど変わっていない。

4月の金融政策決定会合後の記者会見で、植田総裁は、「見通し期間の後半にかけてのどこかでは基調的な物価上昇率が目標の2%に達するのではないかと思っている」「(そうなれば)政策金利は概ね中立金利水準になっている」と述べていた。

植田総裁は、中立金利の水準については「狭い範囲に絞り切れていない」とも述べているが、仮に、自然利子率(実質中立金利)がマイナス0.5%~ゼロで、2%インフレが実現できているとすれば、その時の名目中立金利は1.5%~2%になる。

見通し期間の後半にかけての約2年間(24か月)で、ゼロ金利を1.5%~2%程度(0.25%利上げを6回~8回程度)引き上げていくとすれば、3~4か月間に0.25%のペースで、政策金利を引き上げていくことになる。

植田総裁は4月会合後の記者会見で「金利上昇に対して経済がどういう反応を示すかについてのデータがないため、それを見極めながら利上げを行なっていく必要がある。あまりゆっくりやっていると、どこかで急に上げなくてはいけない。両方のバランスをとる必要がある」とし、中立金利に向けて、緩やかに利上げを行なっていく方針を示唆していた。

こうした日銀の予想と植田総裁の発言を素直に読めば、4月の会合時点で、すでに、植田総裁は3~4か月に1回程度の利上げを行なっていく方針を示唆していたことになる。

しかし、なぜか、多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらは、「利上げがない」と勝手に思い込み、植田総裁のコメントを無視していた。

市場関係者の勝手な思い込みとは

では、多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらの勝手な思い込みというのは、具体的にどういうものだったのか。

1.誤った解釈

第1に、3月にマイナス金利政策を解除した時点で、植田総裁は「緩和的な状況が続く」と述べていたが、多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらは、これを「利上げを行わないこと」だという、誤った解釈をしてきた。

しかし、日銀の言う「緩和的な状況」とは、「政策金利の水準を中立金利より低くすること」である。

今回の記者会見でも、植田総裁は「今後の利上げをどう考えるか」との質問に対し、「今回示した経済・物価見通しが実現していくとすれば、それに応じて引き続き政策金利を引き上げ、金融緩和の度合いを調整していくことになる」と述べている。

そして「政策金利をどの程度まで引き上げるか」との質問に対し、「中立金利に関しては大幅な不確実性があるという認識が変わっていない。中立金利のそばまで行ったときにどの辺で利上げをストップするのかという問題は大きな課題として残っている。ただ、現状ではその不確実性の範囲よりかなり下にある」と述べている。

つまり、今回、政策金利は0.25%に引き上げられたが、これは中立金利を大きく下回っており、利上げしたとは言え、今の状態は「緩和的な状況」にあることは間違いなく、緩和度合いをやや小さくしたに過ぎないことを意味する。

2.デフレ時代の経験が今も通用するという思い込み

第2の思い込みは、デフレ時代の経験が今も通用するという思い込みだ。

多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらは、政策金利の上限について、なぜか、2006年以降の前回利上げ局面でのピークである0.5%が壁になる、と見ているようだ。

今回の記者会見でも、この点について「0.5%以上の利上げもできるのか?」という、とぼけた質問があった。

しかし、植田総裁は、この「0.5%壁」説について、「特に壁として意識していない」と一蹴した。

言うまでもなく、「0.5%壁」説は、植田総裁が述べる「見通し期間の後半にかけてのどこかでは基調的な物価上昇率が目標の2%に達する」「(そうなれば)政策金利は概ね中立金利水準になっている」という、日銀の考える政策金利の見通しとは明らかに矛盾する。

多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらは、つい最近まで「日本には物価が上がりにくいデフレの『ノルム』がある」と主張していた。

しかし、日銀の見方はすでに変わっている。4月の記者会見時に、植田総裁は、為替相場が物価に及ぼす影響についての記者の質問に答えて「円安の物価への影響をデータで計算することができるが、ゼロ%インフレのノルムが変わりつつある現在においては、円安がインフレに及ぼす影響は(これまでのデータで計算された結果に比べて)大きくなる可能性がある」と述べていた。

図らずも、今や、こうしたデフレの「ノルム」が変わっていることに言及していた。

デフレ時代の経験はもはや通用しないにもかかわらず、多くのエコノミストや日銀ウォッチャーらはデフレのノルムに浸かったままの状態のようだ。

3.日銀は利上げすべきでないという思い込み

第3に、日銀は米FRB同様、物価安定と同程度に景気拡大を重視すべきだという思い込みがあるようだ。言い換えれば、景気がやや足踏み状態にある、今のような状態では、日銀は利上げすべきでないという思い込みだ。

今回の記者会見でも「利上げは賃上げで消費が上向くのを待つべきではないか?」「利上げは変動金利型住宅ローンを抱える家計に悪影響を及ぼすのでは?」「利上げで中小企業は困難に陥るのではないか?」との質問が相次いだ。

しかし、問題になっている最近の消費停滞は、明らかに物価高やその背景にある円安が原因だ。日銀は物価上昇率が目標の2%を超えている状況で、本来、早急な金融引き締めが必要だったにもかかわらず、物価上昇を放置した。

そのために、消費者のマインドが減退したと考えられる。物価高と円安に歯止めをかけるためには、むしろ日銀は金融正常化をより急ぐべきだろう。

また、確かに、利上げは変動金利型住宅ローンを抱える家計に悪影響を及ぼすが、家計セクターは全体としてみると大幅な貯蓄超過部門であり、金利上昇は預金金利の増加など恩恵が大きい。

さらに、中小企業の問題については、確かに、ゼロ金利あるいはマイナス金利でしか生き残れなかった、いわゆるゾンビ企業は、利上げによって困難な状況に陥るだろう。

だが、ゾンビ企業が市場から速やかに退出することは、むしろ、日本経済の正常化につながる。

植田総裁は、利上げによって困難な状況に陥った中小企業の労働者が、より生産性の高い企業に移ることができるようにすることが重要と述べている。

日本銀行法によれば、日本銀行の金融政策の責務について「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」としている。

日銀の責務はあくまでも物価安定であり、この物価安定が間接的に景気に好ましい影響が及ぼすはずという考え方だ。

この点、物価安定と雇用最大化という2つの責務を負う米FRBとは異なる。日銀は物価安定の責務を負うが、米FRBのように景気や雇用などの動向についての直接的な責務を負うわけではない。

政府は、日本経済が長期停滞に陥っている原因がデフレ(物価下落)で、物価下落の責任は日銀にあるというレトリックを用い、日本経済長期停滞の責任を日銀に押し付けてきた。

しかし、インフレが問題になっている現在の日本経済の状況から言えば、日本経済長期停滞の原因がデフレでないことは明らかだ。

市場参加者の間には「景気が悪化するとすればすべて日銀の責任」という政府のレトリックを妄信し、「物価と賃金の好循環」の実現が確認されるまでは、強力な金融緩和を続けるべきだという見方があるが、「物価と賃金の好循環」の実現は日銀の本来の役割を超えている。

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続きを読みたい方は、「イーグルフライ」よりご覧ください。
2024/8/5の「イーグルフライ」掲示板より抜粋しています。

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新見未来

エコノミストとして、シンクタンク、投資顧問会社などで経済分析、資金運用とアセットアロケーション業務に携わる。

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